医療情報

乳腺外科医の逆転有罪判決について

乳腺外科の報道について

まず、前提ですが冤罪なのか、それとも有罪なのかは全く分かりません。

ただし、この事件を知って同僚や先輩、後輩外科医と一致した意見は『明日は我が身』ということです。もちろん本事件の様な犯罪を疑われることをするという意味ではありません。

しかしながら、我々外科医が若い女性の術後患者のところに一人で行って、身体診察を行うことは現実的には結構多いです。消化器外科の場合は腹部診察になりますが、創部の感染がないかを確認するために(消化器外科領域では創部が感染することは他の診療科よりも何倍も多い)直接確認します。

Q1. なぜ一人で診察するのか?

これはズボラと言われたら否定のしようがないです。今回の事件で、今後気をつけようと強く感じました。

ただ、現状では一人で患者さん(若い女性であっても)のところに行って診察することはどの病院でも当たり前に行われていることだと思います。

個人的な話をすると、朝の外科のカンファレンスが終わって、外来や手術に入る前に入院患者を回診に回ることが多いですが、ちょうど看護師の申し送りの時間と重なることが多いです。

わざわざ●●さんを診察するので誰か来てください、というのが許される雰囲気ではありません。

この辺りは病院を挙げて改善する必要があります。申し送りの時間を避けて、あとで診察、という様にそのタイミングを後回しにすると、次にその患者さんを診察するのは夕方になる。ということは外科では良くあります(本当によくある)。

外来の時は、私は食事をとらず夕方までぶっ通しであるし、長い手術の時は朝を逃すと次は夕方になることが多いです。

もっと朝早くに診察する、という意見もあると思いますが、早朝は夜勤帯の看護師が担当することになります。夜勤帯は看護師の人手が少ないのでわざわ診察に付き合ってくれるか定かではないですし、医師、看護師の負担が増えます。

こういった理由で、ズボラという意見は否定できないが、パッと一人で診察してしまうといったことが日常になってしまいます。

Q2. 患者の術野が左なのになぜ右側に立って診察したのか?

色々な報道を見ると、術野と逆に立ったことは不自然だという声があったと思うので取り上げました。個人的なことを言うと、乳腺術後の患者に対して術野が左だったら左側に立って診察するとか、そんなことは気にしたことがありません。右側に立とうが左側に立とうが問題なく診察できるし、処置や観察には不自由がありません。右側の方がドアや入口から近かっただけではないのか?と個人的には考えています。

虫垂炎術後は当然であるが、創部は右下腹部にあるが、診察する時は右から、などと意識したことは一度もないです。それに関してなんとなく、、、では通らないのかな?と思っています。

とにかく、同僚や先輩、後輩外科医たちと話したことは若い女性の時は気をつけような。ぐらいで、具体的な取り決めがなされた訳でもなく、今後は自分の身を守るためにも気をつけたいと思っています。

Q3. 術後せん妄という報道について

せん妄であった可能性はもちろん否定できません。報道では覚醒良好とカルテに記載があるのでせん妄ではないという反論があります。しかし現場ではカルテ上でも覚醒良好、と書かないとオペが終わった後に麻酔を覚ますことはできないし、病室に帰室することはできません。

よってせん妄があっても呼吸状態さえ問題なければ覚醒良好とカルテには記載するでしょう。時間が経てば意識も戻りますのでよくあることです。それにカルテを記載した時はせん妄が一見なかった様に見えただけで、本当はせん妄状態だったことを見過ごされていた可能性もあります。「覚醒良好」の記載がそのままあだになっている感じかと思います。

せん妄では色々な幻覚を見るし、術後暴れても暴れたことを綺麗に覚えていないことはよくあります。患者というのは本当に様々な人がいます。中にはトラブルになりそうだと事前に分かっていて、医師だけでなく、コメディカル全員で注意換気がこっそりなされていることもあります。

Q4. 唾液検査について

本件は有罪を証明するのに唾液の検査等を行っていますが、どこまで信憑性があるのかは不明です。唾液検査がどうだったら有罪でどうだったら無罪、などという検査のcut-off値はコンセンサスが得られていないはずです。なにせ、前例がないことでしょう。本検査で有罪を確定することも無罪を確定することもできないはずだと思われます。

よって裁判に委ねるしかないだろうと思われますが、裁判になった時点で医師として働くのは不可能に近い状況に追い込まれます。よって、自分の身を守るためにも若い女性を診察する時は一人では行わない様にしようと改めて思いました。若い女性とは何歳ぐらいまでのことをいうのかは微妙だとは思うが。

わいせつなことをされたなどと言われても無実を証明するのは難しいです。監視カメラで撮影された動画が残っている、といった方法以外は有罪を証明するのも不可能でしょう。今回の裁判では、監視カメラの映像などは無かった様ですが有罪という判決になりました。有罪の証明が不確かでも有罪になりうるという衝撃的な事例なので、こちら側が気をつけるしかない、という結論になるでしょう。本件は実は冤罪でせん妄であったかもしれないし、有罪であったかもしれません。もしくは患者側から何らかの恨みを買ってしまってこのような結果になった可能性すらあると思います。しかし、一人で診察して、報道にある様な被害にあったと言われてしまえば、それを否定するのは難しいでしょう。

今後の医療の流れとしては、どんな患者であれ、一人で診察は行わない様になっていくのかもしれないと感じました。ただ、それが医療崩壊に繋がるとは思っていないです。むしろ、本件以外にもこういった事件があって証拠がうやむやにされて立件されていない例もかなりあると考えられます。

その様な体制や時間の取り決めができると医療者側、医療を受ける側ともにメリットも大きいと考えています。今後ももっと医療が良い方向に進むことを願っています。